本日は安曇野とは関係なく、コメントへのお返事です。

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天動説論者さんへ

>大将 さん

 台と臺は元別字で「と」という読みはどこにも書かれていません。この程度のことは通常の漢和辞典にも書かれています。もっとも、藤堂明保氏の漢和辞典には「と」の読みが書かれていますが、これは古代史学で「ヤマト」の「と」に宛てているのを根拠に入れられたもので本人がそう語っています。

> それに、扁や旁が「と」と読めるから、その字も「と」と読めると言うのは何ら学問的ではありません。

じゃあ、何と読めば良いのでしょう?
へんやつくりで読まない漢字は、確かにありますが、この文字はそれには当てはまりません。


>「卑弥呼=天照大神」というのは古事記も日本書紀も主張していません。
 
主張するはずがありません。
日本書紀編者は、「卑弥呼」を「神功皇后」にカモフラージュしています。
そして、三韓征伐の物語を創作し、中国と対等に仕立て上げています。

皇室の祖、卑弥呼 = 天照大神が、中国に朝貢していたなんてことが明らかになれば、困りますからね。
しかも、天照大神の年代を、紀元前に設定していますからなおさら困るわけです。

朝貢
http://ja.wikipedia.org/wiki/朝貢

> 個人的に四国に有ったと思われることは自由ですが、魏志倭人伝、韓伝に記された事実、国名、距離、中国史書の連携等の科学的読解、裏付け無しに真実に迫ることは出来ません。

考えるのは自由なんだから、文句付けないでね。
歴史を科学的に裏付けって、笑っちゃいますね。
歴史の読解にはどんな、どんな科学的方法があるのですか?


> 『東日流外三郡誌』は寛政原本も科学的確認の上で公表されており真書です。
 科学的歴史学とはどのようなものでなければならないかを考えてみて下さい。


『東日流外三郡誌』が偽書である裏付けとして、例えばこのサイトをご覧ください。
史上最大の偽書事件!? 東日流外三郡誌「つがるそとさんぐんし」とは?和田家文書の謎
http://matome.naver.jp/odai/2136702011975465501


> 科学的な真の古代史を子供たちに理解してもらい科学的、批判的、論理的な思考方法を身に付けることは世界に向かって日本が発展するためにも重要なことです。■


こんな事を書くあなたは、判断力や理性が欠如していませんか?

この本を読んで、しっかり勉強してください。
ほらふきドンドンさん(笑
http://www.amazon.co.jp/%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%B5%81%E5%A4%96%E4%B8%89%E9%83%A1%E8%AA%8C%E3%80%8C%E5%81%BD%E6%9B%B8%E3%80%8D%E3%81%AE%E8%A8%BC%E6%98%8E-%E5%AE%89%E6%9C%AC-%E7%BE%8E%E5%85%B8/dp/433150428X%3FSubscriptionId%3DAKIAJBYZR3GMZFSHEFNQ%26tag%3Dnaver1-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D433150428X
東日流外三郡誌「偽書」の証明 ハードカバー ? 1993/12/1
http://www.amazon.co.jp/東日流外三郡誌「偽書」の証明


安本美典氏の話には、説得力があります。
が、残念ながら安本氏は九州説に凝り固まっています。








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古代文書に、現代科学がようやく追いついてきました。

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とにかく、古代史は面白いですね。

http://wpb.shueisha.co.jp/2014/10/28/37860/
アトランティス大陸“沈没”の真相がついにわかった!
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/10/28/37860/
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/10/28/37860/2/
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/10/28/37860/3/


http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/08/38471/
脱出したアトランティス人が南米アンデスに渡っていた!【前編】
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/08/38471/
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/08/38471/2/
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/08/38471/3/
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/08/38471/4/

http://www.peeep.us/80e8d699
http://www.peeep.us/73313880
http://www.peeep.us/bcc23a14
http://www.peeep.us/56120b17



http://www.excite.co.jp/News/column_g/20141109/Shueishapn_20141109_38472.html
脱出したアトランティス人が南米アンデスに渡っていた!【後編】
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20141109/Shueishapn_20141109_38472.html
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20141109/Shueishapn_20141109_38472.html?_p=2
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20141109/Shueishapn_20141109_38472.html?_p=3

http://www.peeep.us/aea0ef0e
http://www.peeep.us/d4e5cf00
http://www.peeep.us/d9b6a256

アトランティス大陸
ムー大陸
レムリア大陸

多分、古文書のとおり、存在したんですね。

私は月刊誌 「ムー」 を定期購読しています。
「オカルト」、「とんでも」なんて言われますが、オカルトと言われる中にも真実が紛れ込んでいる。

聖書に書かれていることは、神話、説話、寓話、空想のたぐいの話ではなく、
全て実際に起こったこと。

最終戦争も、そう長い先ではないかも知れません。









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邪馬壹国の場所

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最近、古代史にはまっているのですが、
邪馬壹国の場所は、阿波徳島・神領高根で決まりです。邪馬壹国の場所は、阿波徳島・神領高根で決まりですね。

youtubeの動画、野村勝氏の講演内容から、邪馬壹国の場所を指し示す地図を作ってみました。

以下、野村勝氏の講演動画より文字興しの一部

 これまでは、魏志倭人伝のとおりで、なんの解釈も加えていない。
学者の中には放射状とする説を唱える人もいるが、良くそんな事が言えると思う。

そこから投馬国までは水行20日と書いてある。
ここからは想像だが、投馬国は現在の詫間町と考えている。

①邪馬台国は帯方郡の東南の大海の中にある。
徳島県は沙里院市から東南の大海の中にある。

②帯方郡からの距離は12,000里である。
沙里院市から神山町神領高根山までの直線距離は約920kmで、12,000里×76m~77mを計算すると912km~924kmとなり、ちょうどその範囲になっている。

③会稽東治と同じ緯度「計其道里當在会稽東治之東」
その道里を計算してみると(邪馬台国は)まさに。会稽東治の東にある。
その道里を計算してみると(卑弥呼は)まさに、会稽東治の東に居る

会稽東治とは、三国時代かそれ以前に会稽郡という地方があり、そこの役所(治所)
城(城郭都市)がある。
では、会稽東治は現在のどこか?
江蘇省宿遷市宿城区の行政府周辺である

現在の江蘇省宿遷市宿城区の行政府がなぜ会稽東治と言えるのか?
江蘇省宿遷市宿城区行政府も、神領高根山も北緯33度56分~58分にある。
三木家も同じ緯度にある。

ここが会稽東治とする説は、私(野村氏)が言っているわけではない。
宿遷市宿城区(下相・かしょう)生まれの項羽 四面楚歌 はご存じでしょうか?
この人が生まれたのが下相

西暦紀元前209年の中国史は秦の始皇帝が死んで、あちこちで暴動が起こっている。

中国史年表220 二世皇帝一 陳勝・呉広挙兵 前209年(前)
http://blogs.yahoo.co.jp/jiitanio/9505395.html
下相(現在の宿遷市)の人の項梁は会稽郡守の慇通を殺し、甥の項羽と共に呉で挙兵する。
項梁、項羽は会稽郡の役所があった所の実力者であった。

すなわち、宿遷市宿城区(下相)に、文献上は会稽の治所があったことがわかる。

チャイナネット
項羽の故里、下相城の遺跡を江蘇省で発見
http://japanese.china.org.cn/japanese/231067.htm



古代史は面白いのですが、私は特に巨石文明に興味があります。
なので、もう少ししたら、あちこちの遺跡巡りの旅をしてみたいですね。






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記紀は阿波一国の物語である

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間違った日本史ではなく、正しい日本史
記紀は阿波一国の物語である
記紀は阿波一国の物語である
阿波は太古、皇祖大日霊女命の高御座せし磯輪上乃秀真国であり、正勝事勝の皇孫の根郷たる高天原・豊葦原乃瑞穂国である。
国史に依るまでもなく、阿波においては太古より天皇御即位の儀・践詐大嘗会の執行にあたり、皇祖に奉る麁服をはじめ、即位される日嗣皇子が日神の御霊威を体得されるための物実である「天都御膳」(阿波の山幸) 「長乃御膳」(阿波の海幸)を貢進するなど、皇祖の地・阿波を暗示する。また、往古、阿波が邪馬蓋国であったことを裏付ける倭大国魂神社が阿波国美馬郡に延喜式内社として今も厳然と鎮座する。これ言うまでもなく阿波一国のみ。
さらには、皇祖・大日霊女命が天の石門を押し開けて天降りし御鎮座される延喜式内大社・天石門別八倉比売神社(徳島市国府町矢野神山)。天孫・番能邇邇芸命の御子・火遠理命(山幸彦)の御合ましき、神武天皇の祖母であられる豊玉比売命が、天の石門を押し開けて天降りし御鎮座される延喜式内社・天石門別豊玉比売神社(徳島市城山・御城内竜王宮)。

大春日朝臣、春日連、小野朝臣、柿本朝臣、物部首等、奈良・京都の主要豪族等の祖である第五代御間津比古香殖色稲天皇が、延喜式内社・御間津比古神社(徳島県佐那河内村三松)として阿波一国のみに鎮座。
同じく石上朝臣、阿戸宿禰、穂積朝臣、小治田宿禰、小治回大連、弓削宿禰、高橋連等奈良・京都の主要豪族等の祖である第九代天皇の妃・伊賀々志許女命が、延喜式内社・伊賀々志神社(徳島県麻植郡川島町伊賀々志)として阿波一国のみに鎮座するなど、阿波が皇祖皇宗の故国であり、邪馬豊(倭)国発祥の地であることを実証する。
加えて、通説の仏教公伝(五三八年)より十二年前、すでにインドの僧西範が阿波国板野郡の仏王山大山寺において没し、大日霊女命の御陵・天石門別八倉比売神社の別当寺であり、用明天皇二年七月、豊国法師の事歴を有し、聖徳太子の創建にかかる我が国最古の寺院・救世山峰薬師(徳島市南庄町)が唐山・馬峰の峰の薬師谷に厳然たり。
阿波こそ我が国文化発祥の地であり、ここに県民が言挙げの時機を覚り、古代阿波の歴史の解明に立ち上がるときである。



邪馬台国(やまとのくに)は、近畿でも九州でもなく、徳島だったんですね。

<DVD>映画
「道は阿波より始まる」 (56分)
脚本:笹田孝至  監修:岩利大閑
800円

上記DVDの解説本
<図書>
「記紀は阿波一国の物語である」
著者:笹田孝至
700円

送料別途

多少、基礎的知識がないと難しいですが、面白いです。
そして、勉強になります。

NPO法人・阿波古代研究所から入手できます。
123-awa-kodai@mf.pikara.ne.jp
上記メールアドレスは、迷惑メール対策で余分な文字を追加しています。
最初の”123-”を除いて送信してください。









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古田武彦氏講演会について

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エッセイスト・北村明也氏の記事が載っていました。
「邪馬台国」と古田武彦先生


『邪馬台国はなかった』の著書で古代史の学界に覚醒を促し、その後の「邪馬台国論争」を導いた古田武彦先生を10月4日、松本へお迎えすることができました。主催者の知人から頼まれて古田先生に講演をお願いする手紙を差し上げたのは5月の初めでした。
その冒頭に「古田先生、米寿を心からお祝い申し上げます。松本市の中央図書館の書架には先生のご高著が燦然と並んでいるのを目にいたします。古田史学の金字塔と拝しています」と書きました。
さっそく快諾の電話をいただきましたが相変わらず若々しい声で執筆に寧日ないとのことでした。まさか怜子夫人が8月に急逝されるとは…。その悲しみを乗り越えて今月、松本でのお話は高校教師時代を懐かしみながら「九州王朝」について熱を込めて開陳されたのでした。

古代史に限らず「学ぶ」ことの基本について古田先生は、岡田甫先生によるソクラテスのことばを強調されます。
「論理の導くところヘ行こうではないか。たとえそれが何処に至ろうとも」

邪馬台国論争も百家争鳴の活発さですが、理系の研究発表にも通ずることだと思います。
即ち新しく自説を世に問う際、実験とか観測や測定データの提示が必要ですし、それらの再現性を試みてもらうために実験方法、測定・分析方法の開示も不可欠です。「スタップ細胞はあります」の件で痛感しました。
邪馬台国をめぐる論争の場合も十分な基礎史料(データ)に基づいて論理を組み立てて説明・説得することが大切とおもいます。論争では『三国志』倭人伝が基礎資料となりますが、「南、邪馬壷国に至る」を「東、邪馬台国に至る」として畿内説(王国の所在地)へ導く改変は学問的態度といえないですね。これは一例ですが女王国の名称は原文では「邪馬壹国」なのに「邪馬台国(邪馬臺国)」に改変して「ヤマト国」と読むようにした研究者たちもなんとか倭国の中心国は畿内と、始めに結論ありきだったのではないでしょうか。

古田先生を敬慕する研究者や社会人、学生たちが全国各地に「古田史学の会」をつくって真実の古代史探求の旅をつづけています。その一人、大阪府豊中市の大下隆司さんは仲間と中・高生に向けての古田史学を核にした本を出版、先生の亡き奥様へ何よりの手向けと
なりました。夫人は結婚後、大学に入り直して弁護士の資格を取り先生を支えたのでした。
(きたむら・としや、エッセイスト=松本市)



邪馬台国は、なかったなんてことはありません。

古田武彦氏は、「邪馬台国はなかった」として、
邪馬台国は「やまたいこく」ではなく「やまいちこく」で、卑弥呼は「ひみこ」ではなく「ひみか」だとしています。
古田史学の会の方は、「ひみか」と言うのですぐにわかります。


それに対し、福永晋三氏は「邪馬壹国(やまいちこく)こそなかった」として、根拠を明確に示しています。

私は、福永晋三氏の論旨・解釈が正論であり、古田氏の主張には無理があり、違和感を覚えます。


邪馬台国、邪馬壹国、邪馬臺国、すべて読みは「やまとこく」なんです。
卑弥呼の時代、3世紀頃の読みは「台」「壹」「臺」すべて「と」と読まれていたと、熊本大学名誉教授・高森氏によって証明されているのです。

「台」に草冠を付けると「苔」となり、「こけ」ですが、「苔立ち」で「とうだち」とよみ「苔が立つ」とも言われ、「と」と読まれています。
卑弥呼の宗女・臺興は「たいよ」ではなく「とよ」です。

「壹」も脚(あし)が「豆」であり、「まめ」は「ず」のほか「とう」とも読まれ、「と」と読めるわけです。

「臺」の脚(あし)は「至」であり。「いたる」は「到」でや「倒」「とう」とも読まれ、「と」と読まれます。


邪馬台国論争は、近畿説、九州説と大きく二つにわかれて論争が行われていますが、決着をみていません。
なぜ、決着がつかないのでしょうか?

それは、どちらも「邪馬台国」ではないからです。

「邪馬台国」は「やまとこく」で、四国・徳島の神山町周辺の山上集落・山上国家だったのです。
神山町には1800年以上続く「三木家」(阿波忌部・天皇家の祭祀の仕事)があり、天皇が即位の際行う「大嘗祭」に、麁服(あらたえ)を献上しています。

麁服(あらたえ)は「天皇霊」を引き継ぐ霊的な衣服で、歴代の天皇霊(卑弥呼=天照大神)が「神山町・神領高根」にいらっしゃるわけです。


神領・高根(高天原・たかまがはら)で作られた麁服(あらたへ)が天皇霊を宿し、即位した天皇は、その麁服をお召しになることにより、天皇霊を引き継ぐ。
これが「大嘗祭」なのです。


私は古田武彦氏や、安本美典氏、その他、邪馬台国研究をされている先生方の本や動画をいろいろ勉強しています。

どの先生のお話も、それぞれお考えの違いや、思い込みもあって、面白いのですが、
この新聞記事では、

>その一人、大阪府豊中市の大下隆司さんは仲間と中・高生に向けての古田史学を核にした本を出版、

となっており、古田史学を子供たちに教育しようとしているわけですが、明らかに間違っていることを、子供たちに教えるということはいけません。
大人が聞けば、話の内容も取捨選択して聞くことができますが、子供たちにはそれができません。
場合によっては、間違ったことを100パーセント信じてしまいます。

だから、明らかに間違った歴史を教えることは、是非とも止めて欲しい。
私はそう考えます。



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プロフィール

あんたが大将

Author:あんたが大将
安曇野から、趣味のこと、興味のあること、その他色々書き込んで行こうと思います。
読んで楽しい、見て楽しい、そんなブログを目指します!(^^)/
但し、Blogネタにされた場合、大半の方は不快感が伴います。
(実際には毒舌ブログ)

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